Build New Local Google News Initiative

ビジネスメディア PIVOT 竹下隆一郎さんが考える、 BNL から生まれるジャーナリズムと地方の可能性。「地方紙の課題は、メディア業界全体の課題」

Build New Local実行委員会
2022年12月23日 11時30分

全国の地方新聞社の組織「デジタルビジネスコンソーシアム( DBC )」、「地域新聞マルチメディアネットワーク協議会( MNN )」が立ち上げた「Build New Localプロジェクト( BNL )」。Google も、 2018 年にグローバルな視野からニュース業界をサポートする「Google News Initiative( GNI )」の取り組みの一環として BNL をサポートしています。 BNLは今年で2年目を迎え、その集大成として実施されたビジネスプランコンテストから見えるジャーナリズムと地方の可能性について、ビジネスメディア「 PIVOT 」の竹下隆一郎さんが解説します。

PIVOT チーフ・グローバルエディター

竹下隆一郎

2002年朝日新聞社記者、2016年退社。2014 年 〜 2015 年スタンフォード大学客員研究員。 2016 年 5 月〜 2021 年 6 月ハフポスト編集長。2021年7月末にハフポストを退任し、PIVOT創業メンバーに。2022年3月にビジネス映像メディア「 PIVOT 」をローンチ。世界経済フォーラム(ダボス会議)・メディアリーダー、ネット空間における倫理研究会委員、TBS系『サンデーモーニング』コメンテーター。

「あと 5 年」チャレンジできる。地方紙の強みとは

世界中で地方ジャーナリズムは消え行こうとしていますが、世界的に見ても他に例がないほど日本の地方紙には定期購読者が多く、個別の会社によって違うものの、紙のサブスクによる収入が 60 〜 70 % 前後を占めるといいます。このアドバンテージを生かせば、少なくとも 5 年間は資金的にも時間的にも大いにチャレンジし、新しいことを仕掛けられるチャンスがあるのではないかと思います。

また、地方紙には業界トップレベルの人材が集まっていることも強みです。こうした利点を生かしていけば、今後、大胆なイノベーションを起こしていけるのではないかと期待できます。

さらに、地方紙は例外を除けば基本的に各県に 1 紙ずつあり、官公庁や地方企業を結びつける役割も担っています。そんなハブ的存在である地方紙が地域の課題解決をビジネスに結びつけていくことができれば、地域全体が変わっていくのではないでしょうか。

新聞記者出身者の私としては、世界中で消え行こうとしている地方ジャーナリズムを、絶対に必要なものと考えています。そのための取り組みの中核となっているのが BNLです。

地方の変革に、ジャーナリズムができること

BNL では、全国の地方紙がビジネスアイデアを競い合うプロジェクトを展開しています。初年度となる 2021 年度は「ビジネスアイデアの創発」にフォーカスしました。 2022 年度はそこから一歩進めて、アイデアを実装化する「ビジネスプラン」がテーマになっているそうです。

BNL に寄せられたアイデアには、社会課題の「ど真ん中」を突くものが目立ちますね。例えば BNL2022 の受賞アイデアには、「デジタルデバイドの壁を超える(中国新聞社)」「性差による働くハンデを解消(静岡新聞社・静岡放送)」などがありました。社会課題解決においては、地域全体のハブとしての役割を持つ地方紙だからこそ“巻き込み力”を発揮してできることがたくさんあるのかもしれません。

昨年は、地元の高校生を巻き込むアイデアもありました。地域の住民や次世代が希望をふくらませられるようなものを何か一つ形にできれば、ビジネスのプロである企業も参画しやすくなる。今後のビジネスにもつながりやすいはずです。

ハイパーローカルな情報をいかにマネタイズするか

ところで、なぜ Google が地方紙をサポートしているのか。どこに本業とのシナジーがあるのか。

Google のミッションは“世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること”。その基盤となるハイパーローカルな情報を、レガシーメディアに作り続けてほしいという考えがあるからこそ、 BNL を展開しているのでしょう。

Google 日本法人で BNL を支援する部署の責任者を務める友田さんは、以下のようにコメントしています。

「ジャーナリズムに限らず、地域のハブとしての役割からビジネス転換を図りたいという話を多くの地方紙から聞くことができました。これは BNL の狙いとも合致します。そうした新しい形のビジネスを進めたからといって、ジャーナリズムの役割を果たせなくなるのかといえば、そんなことはないはず。その融合からどんなものが生まれるのか、楽しみですよね。

今年も昨年も、 BNL にはキラリと光るアイデアがいくつも寄せられました。我々が気づかずにいた問題を知らされることも多く、地域密着の新聞社だからこそ出すことができた地域特有の課題が抽出されています。課題抽出の部分では圧倒的に優れているのがわかります。

一方で、アイデアという点ではもっと think big に、まずはトライしてみて、変革とはこういうものなんだと知ろうと意識することも大切ではないでしょうか。」
これまで新聞は、記事が読まれているかどうかを問わず、自分たちが主張すべきことを記事にしていくことに存在意義を見出している面がありました。それは、市場原理を超えたジャーナリズムのためには必要な姿勢でした。ある種の経済合理性を無視しても、追い求めるべき大切なものがあったからです。

ところが、時代は変わりました。

現在は SDGs が叫ばれ、むしろ市場原理によって社会課題の解決が進みます。また、住民の方の意識も高まっており、社会活動に熱心です。もはや受け身の「読者」は存在しません。たくさんの行動する市民が地方に溢れています。

そうなると、地元の人たちが求める情報は細分化していきます。地方政治や事件・事故など幅広い情報を求める人もいれば、訃報欄だけをチェックしたい人もいる。自分たちの街の情報よりむしろ都市部の情報が知りたいという人がいてもおかしくありません。そんな読者層のニーズをどう捉えて、どう対応していくかは業界全体の課題になっています。新聞もサービス業です。地方の行動する市民にどう serve (貢献)するか。

ジャーナリズムからサービスへ。ニューヨーク市立大学院のジェフ・ジャービス教授にならって、あえて挑発的な言い方をしますが、地方紙はそのような方向を目指すべきではないでしょうか。

大胆なデジタルシフトにこそ、チャンスがある

地方紙も例外なくデジタルシフトを進めていますが、デジタル化すればニーズが多様化していることがより顕著になるので、改めて読者と向き合うことが第一歩になるでしょう。

そしてまた、最大の課題は、デジタルに求められるニーズをいかにマネタイズしていくかということです。例えば YouTube 。地方紙と YouTube クリエイターのコラボレーションなど、動画を活用した発信は増えてきていますが、 YouTube を活用したビジネスを成功させている地方紙は、まだ少ないと思います。

デジタルシフトしていくハードルが高いのは現実です。だからといって、紙媒体の記事をそのままデジタルにするだけで終わらせるような“妥協”はしてほしくありません。

むしろ、記者がこぞって YouTube クリエイターになるくらいの大胆なチャレンジをしても良いのではないかと思っています。例えばですが、常に GoPro を回しながら地方議会に通ったり、地域の課題を毎日探したりする記者がいれば面白い。解決策を示さなくても、問題のありかを映像にするだけでもいいと思います。うまくやれば「広告を入れたい」という企業なども現れるのではないでしょうか。

5 年で「面」をとれる地方紙は現れるのか

このプロジェクトを通じて、地方紙は地域だけでなく組織内の課題も見えてきているはずです。受賞できなくても、イノベーションにつなげるきっかけにはできています。

友田さんが「小さいことからでもいいから積極的に仕掛けていく風土をつくっていく必要がある」と言った上で、次のような指摘をしていたのが印象的です。
「企画段階では think big でいても、手始めとしては身近なところから始めていくのも良いのではないでしょうか。既存の事業を壊すリスクを冒したくないということで委縮しているのだとすれば、そこに介入しないような部分からトライしてみても良いわけです。とにかく動いてみなければ何も始まりません。

地方紙には、2 点の強みがあります。地域の課題を熟知していることがまずひとつ。次に、地方企業に協力を呼びかけたときにも話を聞いてもらえる信用です。名刺を持っていれば、知事や県庁のトップなどにも会える立場が強い。

「この新聞がなくては困る。この人たちがいないとダメなんだよな」と思われるくらいの迫力ある地方紙に出てきてほしいです。そして、 5 年間のチャンスのうちにどれだけその迫力を地域に浸透させ、ビジネスを作れるかが勝負になると思います。ブランドという「面」をとってから、そこからビジネスです。

全国の地方紙がそうした役割を担っていくためにも、 BNL2022 の受賞 9 社の今後、そして BNL2023 に寄せられるアイデアには、大いに期待したいところです。
構成/福原珠理(PIVOT) 撮影/林直幸