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人、モノがめぐる「情報×物流」の再編集

神戸新聞社
2022年12月05日 18時00分

第1回・第2回の実証実験を終え、第3回目の実証実験では「ぬしま鯵」を対象に、県内の認知向上、販路開拓・拡大を目指し、B2B関係者向けの品評会を実施した神戸新聞社。 実証実験を通じて見えてきたのは、ジャーナリストの観点だからこそ知ることができた“地域や企業・団体の課題”と、その情報の定点観測的な取材力。それら各地に点在する「ジャーナリズム」をビジネスの観点から再び編集し、発信をし続けることに自社の強みがある、と改めて捉え直したことでした。

新聞に掲載したサカナに限定し、次はアジを。

 これまでの実証実験を踏まえて、第3回実証実験では「ぬしま鯵」を運びました。弊紙2022年7月31日付で「沼島のアジ」で紹介した魚です。

 沼島(ぬしま)は南あわじ市からフェリーで約10分に位置し、人口は約400人。周囲10キロほどの離島で東には紀淡海峡、西には鳴門海峡、南には紀伊水道が広がっています。

 この近郊でとれるのが「ぬしま鯵」。マアジの一種でありながら魚体は青魚らしくなく黄金に輝き、丸々と脂ののった絶品のアジです。このアジは網での漁ではなく一本釣りされるため身にほぼ傷がありません。〆るときと梱包の2回以外は極力素手で触らないため、人の体温が極限まで魚体に伝わりません。これが抜群の鮮度の秘訣でもあります。

 ゆたかな自然環境とこのような手間のかかる漁法にもかかわらず、とりわけ関西ではアジは「大衆魚」「廉価」というイメージが強いです。一本釣り産直部のメンバーは自ら新規販路を築き上げようと、実際に豊洲での販路開拓はじめ、これまでも日本各地でのベントや販売に奔走してきました。しかしながらコロナで飲食店の営業停止はじめ漁業従事者にとっても大変厳しい状況に立たされていたというわけです。

「なんで関東では売ってて関西で売ってへんのやろ?」

 そこで私たちは「ぬしま鰺」が適正価格で地元兵庫県での認知度向上、販路開拓・拡大を目指し、B2B関係者向けの品評会を実施しました。これまでの実証実験では弊紙読者と親和性の高いB2Cを想定に出口を設定しましたが、弊紙読者はもちろん地元企業や行政、団体にかかわる方々でもあるからです。

 また、高級魚としてのブランディングを目指し、神戸ポートピアホテル「日本料理 神戸たむら」に調理を依頼しました。飲食店、珍味加工企業、食や観光に特化した企業、媒体各社、行政関係者ら30名ほどが参加しました。

 品評会では半数以上の参加者から「初めてぬしま鰺を知った・食べた」という声が多く、値段については「安すぎる」から「高すぎる」までの7段階のうち「適正」が最多でした。プロの料理人も、さばいた翌日や翌々日にまで生食ができるほどの鮮度と脂のノリを高く評価をし、試食されたほとんどの方が「絶品」「おいしい」と好評でした。飲食店のオーナーなどからは仕入れたいといった要望すらも出たほどに、関係者向けの品評会は盛況に終わりました。

 以上の結果と経緯を読んだあなたにとっては「新聞社が記事書いて、トラックで魚運んで、困っている漁師さん助けて、WEBでも発信して素敵なエピソードだね」と結果に安心したかもしれないですし、ある程度想定しうる結果に「まあ仕組み的にできて当然ではないか?」と予定調和に思われたかもしれません。

 ではなぜわたしたちがこのような企画をする以前に、こんなにも評価の高いぬしま鯵が関西に流通していなかったのか。

現地で初めて「わかる」当事者たちの労

 これまでの実証実験同様に、今回も取材をした記者から現地の産直部の方々とのコンタクトをとり、実際にどういった企画ができるのか相談をしました。漁師の方々の人柄や、これまでの販路拡大の苦労、ぬしま鯵の特徴などはもちろん記者から事前共有されていますが、現地で初めて知る「情報」の方が圧倒的に多いわけです。漁師のみなさんが何を優先して考え、どういったことに配慮し、どうこだわるか、沼島に住む当事者の話を聞くわれわれの観点がビジネス起点だからこそ、ジャーナリストの観点とは違って当たり前だからです。

 淡路島の離島ならではの台風の懸念や、海洋状況の変化からと考えられうる漁獲量の減少、どのような鮮度で食べさせたいか、どのように流通させたいかを相談したからこそ、今回は関係者向けの企画となりました。第1回・第2回の実証実験でとりくんだ商材やそれにまつわる人々の課題が異なると、「新聞配送網」という同じ手段であっても「出口」がかわります。

 同じ地元の漁師でも「ぬしま鯵はフライがおいしい!」「とんでもない、刺身がいいに決まってる!」と全く異なります。アジを核にした事業のはずが、はじめての訪問ではタコ漁でひとつひとつエサを仕掛け、事業後は鯛のかたいウロコとりで何十匹もの魚が干物になっていく様子を目の当たりにすると、コロナ禍での魚価暴落の現状に自然と疑問がわいてくるようになります。

 情報過多の社会だからこそわたしたち消費者は手軽に「生産者の顔」や「生産者の想い」を目にすることができてしまいます。そのような「想い」の背景には土地ならではの歴史、プロだからこその知識や経験が複雑に絡み合っていることを、但馬や沼島にいってそれぞれの漁業従事者と事業実施するなかで考えさせられました。なるほど、地域や企業・団体の課題はこの過程でようやく言語化され認識されるのかと今回の実証実験の連続のなかで学んだ点です。

これまでを振り返って

 第一回と第二回では輸送網と自社媒体の組み合わせによる付加価値や社会性、新規性の高い情報発信にこそ地方紙ならではの強みがあり、共感やニーズを生みだすことができることがわかりました。

 第三回では、地元で認知度の低い「ぬしま鰺」のブランドイメージ創出をプロデュースしました。第一回・第二回の手法を活用しつつもターゲットや出口をかえらえることもわかりました。わかりやすい大きな反響がすぐには出ませんが、興味と驚き、食材の可能性を引き出すことができたと思います。

 弊社神戸本社のある神戸から、ホタルイカ漁獲量日本一位の浜坂や香住ガニがおいしい香美町まで車で片道3時間、ぬしま鯵がとれる沼島までは明石海峡大橋を渡り、淡路島の南端、南あわじ市から1時間に1本運行される沼島汽船で10分。今回の新聞社の物流網活用企画は、明治維新以前は五つの国に分かれ、日本海と瀬戸内海の両方の海に囲まれた広い兵庫県ならではの移動距離がなせる県内異文化交流企画に一定の着地点を見出せたように思います。まさに『ゲンロン0 観光客の哲学』にある一節が、今回のビジネスモデル化の過程に通じるのではと思います。

 「出会うはずのないひとに出会い、行くはずのないところに行き、考えるはずのないことを考え、帝国の体制にふたたび偶然を導き入れ、集中した技をもういちどつなぎかえ、優先的選択を誤配へと差し戻すことを企てる。そして、そのような実践の集積によって、特定の頂点への富と権力の集中にはいかなる数学的な根拠もなく、それはいつでも解体し転覆し再起動可能なものであること、すなわちこの現実は最善の世界ではないことを人々につねに思い起こさせることを企てる。(192頁;東浩紀著、(株)ゲンロン2017年出版)」

 ネグリとハートの『<帝国>』を踏まえ東はこう言及していますが、まさにこの「帝国」を「既存のビジネス」と読み替えると一連の過程が腑に落ちます。

これからの事業展望

 弊社神戸本社の報道部フロア13階には「もっと近く、もっと深く」と掲げています。震災を経験し、地方紙ならではの定点観測ができる神戸新聞ならではのジャーナリズムだからこそ「もっと近く、もっと深く」です。この弊社ならではの強みをビジネスにし、“Build New Local”すればよいのか。

 点と点を結び線ができ、線と線が面になるように、点在する情報の座標関係を批評的にとらえなおすこと、そのためにアウトプットのためのインプット、インプットのためのアウトプットを循環させ続ける。地域の情報、人、モノがめぐる「情報×物流」の事業を今後も育てていければ幸いです。

文責:神戸新聞社 メディアビジネス局・デジタル推進局